ロマンチック
ロマンは男のモノで、ロマンチックは女のモノだ。それをぶち破ったアニメの話が云々と、前にヴィヴィオRX-R乗りのオタクのメンバーが早口で語っていたことを慎吾は思い出す。オタク特有の早口であったことや、自分の興味のない分野だったので、全部覚えていたわけではないが、だとしたら童貞に処女性はあるのか。
慎吾と向かい合うようにして寝息を立てている傍の男――中里毅は、処女性故に童貞を貫いているのではなかろうか。否、好きで童貞を大事に持っていたわけではないだろう。ただ機を逃しただけだろう、などと、慎吾は働かない頭で考えたが、目の前で眠る男は寝ても覚めてもクルマ一色。女ともやりたがっていたが、ヤマで速さを求めることの方が好いらしく、そのせいで機を逃したまま二十代後半に差し掛かってしまっていた。だからと言ってそれを悲観してこの男を抱こうと思ったわけではない。下りで自分より速くてムカついた。それが第一であった。ただ、一度ふざけ半分ムカつき半分で及んだ際、ひたすらに堪える男の声に、そのくせ奥深くでねっとりと蹂躙してくる肉の感触に、いつの間にか惚れてしまっていた。自分とタイムを肉薄し合い、いつも男らしさを求めるこの男が、自分の陰茎を以てして、堪えていたものをかなぐり捨て、自分の下で泣きそうになって縋る様が、慎吾にとっても最高に良い絶頂を導き出すようになっていた。
ただ機を逃しただけというが、乳で女を見るような男にロマンだロマンチックもあるかよ。いや、ロマンはあるのだろう。(熟考の末だが)バカ高いGT-Rなんていうクソデカマシンに乗り換えて、そのローンと板金代と改造費で自ずと首を括るような男だ。そいつで妙義最速に――S13に乗ってた頃からそう言われてはいたようだが――なるってのはロマンじゃねえか。かっこいいよな、傍の腑抜けた寝姿じゃなくてその考え方。S2000もいいけど、俺もやっぱりシビックが好きだし、やはりシビックで妙義最速を奪りたい。そういう拘りを以って走りを制す奴は嫌いじゃない。
しかし現実に慎吾はヤマから下り、Rから降りた中里毅に欲情していた。平野で、Rから降りた中里は、ヤマ同様に筋も通すし、度が過ぎたクソ真面目さ故に口うるさく、何事においても一本真っ直ぐ通っているが、疎いところ(もちろん愛だ恋だという分野)からちょっと突っつくだけで崩れてしまうような初心な男だった。そこに付け込むつもりが、いつの間にか手離したくなくなっていた。嫌だと言いながらもケツを差し出されちゃあ、やらねえわけにはいかねえだろう。まあ大抵俺が差し出すように仕向けるんだがな。峠じゃあ大声張り上げて、大胆な走りをやる癖に、ベッドに転がした途端に慎ましやかになる男である。やはり処女性ってヤツはあるんじゃねえか?
「毅……」
耳元で囁いて、左手を中里の右手と絡める。睫毛が揺れ、瞼が僅かに動く。おもむろに握り返してくるその動きに、慎吾は柄にもなく息を詰めていた。自分が主導権を持つのは当然ではあるが、行為自体は毎回強引さを伴ったモノであり、ここまで優しく触れてやることはなかった。
「しん、ご……」
りながら更に続ける。自分でも驚くほど甘ったるい声だった。また、自分の鼓膜に震えてくる中里の声もまた聞いたことがないくらい甘いものであった。びくり、と握った右手から、自分の左手に中里が感極まっていることが伝わってくる。それに応えるように、額にキスを落とし、耳朶から?へと口付けを落としていき、唇を軽く喰んでいく。すると、自ずと慎吾を求めんばかりに中里の方から迎え入れられ、すぐに深いキスへと変遷を遂げた。慎吾は一瞬にして絶頂を迎えそうになったところを、ギリギリ我慢で乗り越えた。
これがロマンチックというものならば、それも悪くはねえな、慎吾は思いながら足を絡ませ合い、右手を中里の胸へと滑らせていった。
【了】
2018/12/09
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