自己搾取
中里毅は我慢の男であった。痛みも苦しみも全て耐え抜くことが男の生き様であると信じている。快楽もまた然りで、そんなことに左右される男など男の風上にも置けないとも信じているのだが、やはり男であるがゆえの本能には中里だろうと抗えないし、男の快楽は一度拍車がかかると開放まで欲望は付いて回る。流石に中里もナイトキッズのアタマではあるがキッズではないので、流石に無意識下で下着の中に暴発させることはもうないし、浅ましくペニスを握りしめることにも流石に慣れもした。完全にその恥ずかしさが消え失せたわけではないが。
それでも三日も何もしなければ陰嚢は古い精液を排出して、新たな精液を精製したがるし、当然それの解放を求めて腰の奥がぞわぞわし始める。中里はそのとき32で下りを流し終えた後であった。道の駅の駐車場に入っていったはいいが、このまま出て行くとチノパンを僅かに押し上げている欲望を浅ましく連中に見せつけてしまうはめになる。そういう時に限ってポロシャツをパンツインしていた。そうなればひたすらイジられるのは自明の理だ。ポロシャツを出せばいいだけなのだが、焦る中里にそんな頭はなかった。ナイトキッズにはキッズみたいな連中ばかりが揃っているので、そのまま出て行ったらそのことをイジられる以上に、下手したらチノパンの中をイジられ、その欲望を解放させられてしまうことさえある。というより以前させられた。ナイトキッズきってのテクニシャンが興味本位で「毅サン苦しくねっすか? 抜きますよ? 」と訊いてきたことがあり、流石にこんなとこでと断りはしたが、強引に喰ってかかられ渋々承諾してしまった。人目に付かぬ地下道で一発抜かれ、死ぬほど恥ずかしかったが、死ぬほど気持ち良かった。ともあれ現在公共の場で抜いて欲しくはないので、とりあえず、自身の秘密を漏洩させないためにもとりあえずこの場はウィンドウを下げて一言
「……俺帰(けぇ)るわ!」
と言ってさらにそのままヤマを降りていくのが最善策であった。重たい鉄の箱に一人秘密を抱えて。
妙義から約20分。安中まで戻ると、その欲望はさらに硬く擡げていた。シートにもたれたまま軽く触ると息が詰まり、その先に触れたくなる。いけない、と思いながらも、脳内でいやらしげな笑みを浮かべる男が『シたいンだろ?』と声をかける。そんな脳内の男に無視をキメ込み、足早に32の鍵をかけ、自室へと入っていく。
薄暗いまま部屋の奥に畳んでおいた布団を引っ張り出して敷く。俺は疲れているんだ、とどこに言うでもない言い訳をしながら、中里は耐えられないように布団の上に転がり、股座にそっと触れた。ぴくりと中のモノが大きくなるのを感じる。無心でベルトを外し、膝まで下ろす。右手ではち切れんばかりのペニスを扱き、左手をポロシャツに滑らせて右の乳首を摘む。
『テメエは痛いくらいのが好きだろ?』
ペニスを扱く右手に力が入る。実際言われたことなどないが、こういうことを言いそうだというのはわかる。脳内の男は非常によろしくない性格であった。
硬派で鳴らした中里も、やはり奥底では女との接触にあこがれ、自慰のときには女の乳だの尻だのをおかずにしていた。「していた」 のだが、ある日を境にそれは悪辣な笑みがよく似合う男のことばかりを考えながら更けるようになっていった。
「あ……」
不意に喉が緩み、静寂を切り裂いた自分の声がやたらと大きく聞こえた。気が狂いそうになる。いや、既に気など狂っているのかもしれなかった。目につく場所に置かれていた、あの男の置いていった漫画雑誌。そこに描かれたグラビアアイドルと目が合うと、薄闇の中であろうと途端に気まずくなって、ぎゅっと目を瞑った。爪を立てて乳首を強く抓る。その痛さは脳を通して快楽に変換され、ペニスの先端から粘液をさらに漏洩させる。
『立派なドマゾじゃあねえの。ンなに俺のチンポが欲しけりゃあしゃぶってみせろや』
「……っ、んん……ちが、ぁ……」
『なァにが違うってンだ? あ?』
「ひ……ぁ……うぅ……ぐっ……」
ペニスを握りしめていた右手で口内を犯す。しゃぶったこともない男のペニスの感覚を想像しながら、自分の指をいやらしく興奮に塗れた唾液で溢れさせる。それを指に絡ませ、潤滑剤がわりに再度ペニスに塗り込むようにして扱く。唾液と先走りが混じり、粘液は増していき、さらに快楽を増幅させ、確実に中里を追い詰めていく。
ケツがイイと知ったのはつい最近だった。ナイトキッズには下品な話をする連中が多かった。どっすか毅サン? と訊かれても、いやあまさかンなコトしねえよ俺ァ、と言いながらも、ほんの出来心でその指を後ろへと滑らせたことがきっかけだった。その時のように、足に絡むチノパンを脱ぎ捨て、欲に濡れた指で後ろを拓く。男の中の男である自分が、女のように穴で感じてしまう浅ましさがぞくぞくと興奮を上乗せさせていく。こんな俺を奴が見たら……その歪んだ顔を思い出すだけでぞくぞくと射精感が腰の奥から湧き出てくる。入れられたこともないペニスを入れて犯されたい。こんな指とは違うのだろうとふしだらな思いが何度もよぎる。焦る手つきで後ろにかけた指を離し、手の届く所に転がっていたティッシュを数枚取り出して、亀頭に被せた。もう片方の手で熱く熟れたペニスを扱くともうあの男の事しか考えられなかった。
「や、あ…………ああ、しんご、イく、いっちゃ…………!!!!!!!!」
プツっと意識が途切れるような白濁の視界が一瞬襲い、全身を快楽で覆われる。幾度かびくびくと震えたのちにじわじわと現実に戻される。漏洩した精液はティッシュの中で虚無を放っていた。虚無から逃げるようにそれを丸めてゴミ箱に放り出す。大きく外れた。
ナイトキッズのダブルエースの片割れにそういう劣情を催したのはいつからだろうか。なんとなく、あの男のシビックでの走りが好きで、それと人格とが綯い交ぜになっていったのかもしれない。悪辣だけど目が離せない。この先をやれるかもしれないし、向こうはああいう奴だから犯したいとか言うのかもしれない。そうなったら、そうされてもいいくらいには、求めてしまっている。
だが、その男はまだこちらの秘密に気付いていないらしい。32という重い鉄の箱の中身を暴かれ、その身も心中も暴かれたとき、ナイトキッズの中里のままでいられる自信がない。全て耐え抜けばいつか忘れ、あの男の事もなんとも思わなくなるだろうか。中里はまだあの男に対しての熱さに焦らされ、忘れるなんてことは到底出来ないまま、逃げるように目を閉じた。
【了】
2019/05/18
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