熱帯夜
汗だくになってチャリンコから降り、アパートのチャリ置き場に置いて、鍵をかける。自活するようになってからは節約を信条としているから、このくらいどうってことはない。ただ、毎年のうだるような暑さは、気合だ根性だでどうにもなるもんじゃない、とチャリ通を始めて三年、ようやく気付きだした。隣にふとあの男が高校の時分から乗り込んでは碓氷を攻めていたと豪語していた紅いCBR250Rを見て、俺は知らないうちに嫌な汗を作業着に染み込ませていた。またこいつも節約を信条としてるのか、近場は単車で移動してることを、俺は知っている。
「ただいま」
「……おかえり」
ドアを開けると冷気が心地いい。入ってくれとも入っていいとも許可を下したつもりはないが、奥の(一部屋しかない)居間で車雑誌を退屈そうに読み耽っている男に、数ヶ月前に合鍵を渡してしまったので、既に日常と化していた。この野郎、また勝手にエアコン付けたな。こん位扇風機で上等だろ。冷気とともに旨そうな飯の匂いが鼻をくすぐる。入ってすぐの台所に二、三品おかずがご丁寧にラップされている。そのまま居間の男の前まで詰め寄る。
「何時ごろ来たん、慎吾」
「四時半くらいか」
「飯まで悪ぃな」
「テメェン家の光熱費を上げてると思うと気分がいいな」
「飯作ってくれンのは嬉しいけどよ、俺の光熱費だと思うとムカつくな……」
「いいツラしてンじゃんよ」
「誰がさせてる」
「俺だンべ」
「バカタレが……」
俺は呆れ、慎吾は不快感を伴う笑みを作る。その顔にドキッとしそうになりながらも、俺はまとわりつく作業着が鬱陶しくなりベルトに手をかけ、引っ張る。とりあえず床に落っことす。拾うのは後でいい。どうせ行先は洗濯機だ。そのままズボンのボタンを外し、チャックを下ろして、そのまま脱ぎ捨てる。右の靴下を脱ぎ、次いで左の靴下を脱ぐ。上着のチャックを下ろして、床に落とす。下に着ていたTシャツを脱ごうとしたところで、左脚をグッと掴まれる。
「テメ誘ってンか?」
「あ?」
「俺様の目の前で堂々とズボン脱ぎ始めやがって、誘ってんべ?」
「バカ言うなよ。オメエがいたところで着替えくらい大したこともねえ」
「この慎吾サマを蔑ろにするなって、ヤりてぇンだろ」
「嫌に決まってんだろ。俺の意見も尊重しろよ、風呂入りてぇ」
飯も食いてぇし。だが嫌そうな慎吾の面を見ていると、腹の底が疼くような感覚に襲われる。ヤニでも吸って落ち着こうといったん座り、上着の中から煙草とライターを探っているうちに、慎吾と向かい合う形になっていた。
「どうせこれから汗まみれになっちまうンだからよ、風呂は後だ」
「テメェが決めんじゃねえ」
その鋭い目に見つめられると、身体の内から暑さと違う熱を持ち始める。慎吾の細い指が俺の頬に触れる。まだ風呂さえ入ってねえし、シャツは潮吹いてるし、恥ずかしい……。うだうだと目を瞑って考えている間に、軽く舌を吸われて、一気に奥まで責められる。脳に直接与えられるような気持ちよさに、俺のすべてが慎吾の手中に預けられるようであり、痴態を晒すことが怖くて、恥ずかしくて、何度もこうして及んではいるが俺は奔放になれない。口の中から舌が離れることはないまま、慎吾にゆっくりと押し倒されていた。どろどろした汗にまみれたTシャツの裾を捲り上げられながら、その下の肌を冷房で冷たくなっていた手に触れられて、あそこが少しずつ硬くなっていく。
「……あ、っ……」
埋まる舌をわずかに離そうとして、呼吸を求めるはずが、知らず声が漏れていた。自分の声に、慎吾に直接触れられずとも反応しちまう俺自身に、一瞬にして全身の血が湧き、いたたまれなさを感じてしまう。それまで緩やかに俺に触れていた手が突然抗いたくなるような激しさに変わっていた。
「すっげ……、オメエ汗やべえな。シャツ潮吹いてンぜ」
ビクッと反射して、いつの間にかその顔を俺の顔に埋めては首筋やら胸の間やらを時に啜り、時に吸い付くように舐められ、途中キスまでしやがる。だがちゅっちゅと肉に吸い付く音に反応して俺自身が濡れてるのはわかった。パンツ汚しちまうとかそんなの考えてる余裕もねえ。ただただ触れられることが恥ずかしくて、俺はそれに耐えることか、否定の言葉しか出せずにいた。
「や……、やめろ……慎吾……」
「そういう時は“イイ”って言えっていつも言ってんべ」
慎吾の指が胸に引っかかる。乳首を弄られるだけで気持ちよくて、腰にクる。半ば自棄になっているような、乱暴な手つきをされるたびに熱く、求めてしまいたくなる。こいつとが本当に“初めて”だから俺には比較も評価もできないが、慎吾に触れられること自体は嫌じゃあねえ。だけど、こういうのって、日常と切り離してあるべきだと思うんだが。そんな軽々しくするものじゃない。それでも慎吾に求められたら俺は身を預け、すべてをくれてやるくらいには、好きなんだとは思う。正直よくわかんねえンだけど。
「っ……うぅ……」
直接俺自身を扱かれていた手の動きを不意に見ちまって、腰から脳へと跳ね上がるような気持ちよさが駆けていく。息が荒くなり、声を抑えていた。ともかく、恥ずかしくて堪らない。でも、求めずにいられなくなる。
「毅、感じてンべ。すっげぇ硬ぇ」
「くっ……っ……、……ひぁ……!!」
耳元で甘く名を呼ばれながら、乳首と俺自身を弄られると、慎吾の手で開発されたナカが疼いて堪らなくなる。オンナみてえに(オンナのそれを見たことねえから、オンナがこういうことをするのかは知らねぇけど、俺がこうするのを見て慎吾はいつもオンナみてぇだと言って笑う)両ももをすりつけてその先を、慎吾自身をその奥で感じたくなる待ち遠しさを下半身に過らせる。冷房に当たりっきりだった男の身体がじっとりと汗がにじんでいたことがわかる。単車で駆けてきた外の暑さを思わせる汗の匂いを感じ、背中を反ったと同時に扱かれていたあそこのじゅくじゅくと濡れた音も感じて腰に快感が重なっていく。慎吾が文字通りのいやらしい笑みを乗せて、ズボン越しに勃たせていたそれを俺の前に晒すと、なぜか恥ずかしさよりも待ち遠しさに喉を鳴らしちまっていた。
あっさりとパンツを脱がされると、どこから持ってきたのか、生ぬるさの残るローションにまみれた指が後ろに絡まっていく。
「あっ……! しん、ご……、あ、ああっ……やぁ……っ!!」
俺の意思とは関係なく、ひくつくそこに容赦なく慎吾の指が絡んでくる。
「イイんだろ? 入れて欲しいンべ?」
声が我慢できなくなる。それでも返事を直接言葉にするには恥ずかしくて、俺は小さく二、三度頷くしかできなかった。
「毅、入れンぞ」
ずぶずぶとゆっくり慎吾自身が俺のナカへと埋まっていく。ぐいぐいと奥まで入る感覚の最中、一瞬意識がトんでいた。
「あ、あーーーーっ、や、あっ、あああ!!!!」
かすむ視界がだんだんはっきりしていく。腹から、まくれたシャツまで勢いよく精液がぶちまかれていた。
「速ぇな、疲れてたンか」
「…………ああ……」
「お疲れ、たけちゃん」
全身から汗がふき出てくる。仕事は終わっても残ったままのつかれ、日に当たった肉体の熱さで身体がずどんと重くなっている。慎吾に重いままの身体をむりやり揺すられると、すぐにまた気持ちよくなって、俺自身がまた硬くなる。ナカを行きかう熱が全身に行きわたって考えることをやめさせる。しんご、すき。あつい。エアコンいれてるのに、身体はぐちょぐちょで、あつくて、きもちよくて。なにも考えられなくなる。いつしか俺は慎吾の精液を、ナカに出されていた。
*****
時間は有限だし、走りたくて堪らなかった俺はそれでも夜も更ける妙義へと足を運んでいた。相変わらず暑くて成す術もなく、当然ながら全開走行なんてできずにいたが、慣れた道路の感触をタイヤから感じ取るだけでも峠に来た意義は感じられるし、何より生まれ育ったヤマだから、クソ暑い中でも心が落ち着く。俺と妙義は切っても切れない存在だった。先ほどまでのことも忘れられ……そうにはなかったが。
「あっちぃな……」
「っすね……」
「今日伊勢崎三十八度って言ってましたもん」
「どおりで暑ィわけだ、いくら気合いと根性でもどうしょもねえンべ、こんなん……」
「毅さん根性論だけが取り柄だったンに、どうしたんスか?!」
「うっせぇうっせぇ。この世にゃあどうにもならンこともあるって学んだンだよ」
「でもこっから伊勢崎なんて遠いだろ、もっと近場の話しろよ、妙義町とか下仁田とかこの辺のよ」
「でもやっぱ妙義ったって一応上毛三山のひとつですし、平野よかマシじゃねっすか」
「あーね」
上の駐車場でヤニを吸いながら他のメンバーとクソ暑いクソ暑いとうだうだ駄弁っていると、一度下ってまた上ってきたと思われるVTECサウンドが近づいてくる。その音に俺は周りの連中に胸の鼓動が聞かれないかと少しばかり不安になるも、ヘッドライトからわずかに浮かび上がる赤に少しばかり嬉しさを感じちまう。やっぱりコイツのこと好きなんじゃねえかと思っちまうが、ここでそういうことは切り離すべきだと思うが、腹に鈍く残る体液にこの男を感じてしまい、巧く切り離せない。
「毅」
突然呼ばれてビクッとする。既に短かった煙草を落っことしたが未練もなくそのまま踏みつける。
「腑抜けた面してンじゃねえぞ。今日という今日こそヤキ入れてやる。来いや」
暑さで頭が働かないまま無理矢理地下道へと引き連れられる。階段で脚がおぼつかずこけそうになるが、それを支える手がどこか優しく思たのは気のせいだと思いたい。
地下道の真ん中で壁に背中を押し付けられ、腰と背中に汗にまみれた腕が回される。誰が来るかもわからねえというのに、求められても拒もうと思えなかった。暑さのせいか。口ン中に強引に舌が入ってきても、きつく尻を揉まれようとも、背中から胸へと手が滑ってきても、慎吾の熱さを感じたくて仕方なかった。舌と舌の絡みつく音と、呼吸が地下道にやたらと響く。それを感じて俺の股間も響いてくる。離されるとケツから崩れ落ちていた。
「まあ、少しばかりここでくたばってろよ。先に『峠』で待ってるからよ」
チッ、と俺が舌打ちすると慎吾は嫌そうなツラで「こんな感じてそらァねぇンべ」と吐き捨てる。俺自身もこんなに感じちまって気でも狂ったかと思うくらいだ。
「まだする気かよ」
「クソ暑ィからな、サカりたくてしょうがねえ」
「バカタレが……」
これなら単純にヤキ入れられる方が、まだよかったのかもしれない。
【了】
2019/10/15
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