divergence
破廉恥にも程がある。と、二十年前初心だったぼくであればこの行為にひどく激昂していたことだろう。西園寺は己が胎内で一段と膨れ上がる欲望と、抱かれた男の香水に混じる汗の匂い、そして先刻まで飲んでいたアルコール、様々なものに酔いしれながら、恍惚げに激しく揺らめく長く紅い髪を見つめていた。
「……何を見ていた?」
その声はどことなく、執念深さにも、嫉妬深さにも似た感情を孕ませていた。
「……貴様以外に見るものなんてあるのか……」
そう返す西園寺の声にはどことなく嬉しさが見え隠れしていた。
「言うようになったな…… そうだな。ここから見える夜景、とか」
西園寺を抱く男――桐生冬芽は、途端に目を逸らした西園寺の顎を優しく掴み、そのままキスをする。口腔に侵入してくる舌から僅かに感じる煙草の苦味さえも、馴染み深さを通り越して最早愛おしさになっていた。
「ん……っ、……っ、う……」
僅かな隙を狙って酸素を求める様は、まるで離さないでと懇願するようにも思えた。そんな西園寺をよそに、冬芽はいとも簡単に唇を離してしまう。
「お前は後悔していないのか」
「……っ、いつもの、ことだろ? こうしてパーティ抜け出して、二人きりで……、あっ……」
西園寺はびくり、と反射的に仰け反る。自分の陰茎は冬芽の手に囚われていた。
「そうじゃなくて、俺と同じ道を選んだことだ」
「そのことに貴様が負い目を感じてどうする! ぼく自身で決めたことを貴様が否定するのか! ……くっ、うっ……!」
挿入したまま西園寺自身を手中で弄ぶ冬芽の表情に、陰りがあることに西園寺は気付いていた。同時に、自分がかつて置かれていた立場を捨ててまでここにいることに冬芽が負い目を感じていたことも見抜いていた。人生の大半を共に歩んできたのだ。それくらいは言わずともわかる。
「否定はしてないだろう?」
冬芽は一切声色を変えることなく、おもむろに裏筋をなぞりながら、胎内で揺さぶりつつ煽る。時折聞こえる西園寺の吐息と交接の淫猥な音が少しずつ冬芽の理性を切り崩していた。
「貴様が否定したら否定されたも当然だ! ぼくは、変わらないものを手にし続けるためだけに変わってきた! それがたとえ家との絶縁であったとしても!」
「!!」
西園寺が旧家の生まれであるとは聞いていたが、ここまでの覚悟を持って自分という人間にこだわり続けていたことを初めて聞かされた冬芽は、かつて最後の決闘に投じた時のことを思い出していた。自分のために全てを差し出し、案じてくれた目前の男のことを。
「……思い出したよ、お前はそんな男だったよな」
冬芽は西園寺の髪束を優しく掴み、キスをする。
「馬鹿だな。ぼくは昔からそういう男だ」
ほのかに紅い西園寺の顔はどことなく誇らしげであった。つられて冬芽の顔も柔らかくなる。変わらないだけの男は、自分が見えないところで変わっていた。学生の性分は、潔癖であったが故に行為を重ねるごとに傷ばかり増やしていった男が、今こうして抱かれることに悦びを感じている。過去から繋いだ結果がこうして見えていたことを再確認し、冬芽はひどく安心した。
「冬芽…… ぼくの胎内(ナカ)に、ぜんぶ、射精(だ)して……」
西園寺は慈しむかのように冬芽の首に腕を回す。
「莢一……」
極限まで猛った冬芽の陰茎が、西園寺を内側から激しく穿いていく。胎内で粘膜が擦れ、熱く、蕩けるようにふたりのこころをひとつに解いていく。
「と、冬芽……!! とうがぁああああ!!! い、イくっ……!! くっうはぁっあ、ぐっう……!!」
射精の勢いで西園寺の後孔がきつく締まる。その反動が冬芽自身にも限界をもたらした。
「はぁ、あっ、きょういち……!! あぁはぁはぁっはぁっはぁっう……ぐっ」
冬芽もまた西園寺の最奥に精液を総てぶちまけた。同時に淡く紅潮した西園寺の胸に自身の精液が飛び散る。冬芽が陰茎を引き抜こうとするために、その身を僅かに退くのを西園寺は見逃さなかった。
「……待ってくれ」
すべての欲望を曝け出し、辛そうに肩で息をする西園寺が冬芽を制した。
「もう少しだけ、このままでいてくれ……」
冬芽はああ、とだけ返すと、ふたたび西園寺との彼我距離を詰め、キスを交わした。
【了】
2018/07/29
UP