冬西への3つの恋のお題(2012年)
冬西への3つの恋のお題:優しい笑顔が好きだった/涙で滲んだ景色/ゆがんだ独占欲 http://shindanmaker.com/125562
ぼくが長年想いを抱いた人は、水に浚われて死んだ。
男の癖にやけに綺麗な紅い髪を靡かせて、日替わりで女を引っかえていたし、最期の最期までぼくの知らない女を助けて死んだ位の女好きだった。ぼくは学業も剣もアイツだけには勝てなかったから、色んな女と会っているって知っていても咎めなかった。何をしても(何をしていたのか、は知りたくないけど)、アイツの帰る場所は必ず”ぼくの許”しかなかったから、少なくともこの学内では。
はじめて貞操を奪われたのは三年前、中学二年のことだった。
ぼくは嫌だと拒んだけれど、アイツは切ないような、苦しそうな表情で懇願してきたから結局ぼくが折れる形で”して”しまった。行為中にアイツは呪文のように「愛してる」とひたすら繰り返し囁いた。何かから逃げるように、また言葉としての意味はなく呼吸とともに吐き出しているだけの、空の言葉に聞こえて、それがぼく自身に向けられたものなのか解らなくてで不安になった。
「お前とならば未来永劫呪われたって構わない、好きだよ、莢一」
眠りに落ちる前に見たその顔は今でも忘れない。女の前で見せてる顔だって解っていても、柔らかくも優しい笑顔を見せてくれるだけで、ぼくはアイツに愛されていたなんて錯覚してしまうもんだった。
その半年あとにアイツは死んだ。あまりにもあっけなく、儚い散り方だったと人は言った。ぼくはアイツの死に目に会うことなくその報を道場で聞き、道着のまま病院に駆け込んだ。生前同様綺麗なままだったのが尚更ぼくに衝撃を与えた。ぼくは空箱になってしまったアイツに狂いながらひたすら叫んだ。
「ぼくを置いて逝くというのか!!まだ剣の決着だって付いていないのに!!」
病院であることさえ忘れ、アイツの頬を殴りかかり、肩を掴んで激しく揺さぶりもした。すぐにその場の医者看護婦に抑え込まれたときに、漸くコイツは逝ってしまったのか、とその場は理解した。しかし一瞬解った気になってただけで、今でもぼくは本当にアイツが死んだのかを理解できないのだ。
葬式も学内の男子生徒はぼく一人だけだった。青緑で両肩から縦に線の入った詰襟がやけに目立って、単なる参列者である筈なのになぜか恥ずかしかった。そこでぼくは初めてアイツの秘密を知ってしまった。幼い時にこの家に引き取られ、その主に無理矢理性交渉を要求されていたことを。アイツはこのことをぼくには一切話さなかった。いや、話すことなんて出来なかったのだろう。更に「長い髪の美少年」をそこの主は好んでいたらしく、美しかった紅く長い髪も凡て「主のために作られて」いたのだ。だからこそアイツはあのとき、くどいほどに「愛している」とひたすらぼくに言い続けていたのだろうか。義父と同じように世に背いたとしても、ぼくを連れて呪われるならば厭わないと言う意味だったのか。主と直接血の繋がりのない子供でなくても、主のようになってしまうんじゃないかとアイツも見えない処で苦しみ、その呪いから逃れるように女に走るなどの身の振り方をしていたのだろう。ぼくにそれを一切告げていなかったのは、きっとぼくに余計な心配を掛けたくなかったからだと信じている。アイツの言葉は基本空洞みたいなものだったから、あまり信じてなかったけど、あの時「お前となら呪われたって構わない」と言ってくれたのだけは鮮明に覚えていたし、この言葉だけは信じていたかったのだ。
だからぼくは、アイツのことを忘れないためにも、この髪を伸ばすことを決めた。
ぼくがアイツを慕ってきたこの気持ちは忘れちゃいけないし、アイツが背負ってきたものを少しでもぼくも分け合いたかったのだ。ぼくに失うものなんて何もないが。
それから三年後、ぼくは生徒会副会長と剣道部主将の名を手にする。しかしこれは表向きのものであって、世界の果てに選ばれた「決闘者」でもあった。花嫁を手にすれば何でも願いが叶うというので、ぼくは花嫁に「アイツの蘇生」を願った。もう永遠に手放すものか。お前はぼくだけのものになるのだ、もうどこにも渡しはしない、ぼくだけのお前でいて欲しい!
花嫁なんてアイツの前ではただの花にしか過ぎなかった、しかし、花嫁を手に入れても尚アイツはぼくの前に現れなかった。それでもぼくは何度も何度も花嫁に懇願した。
「どうかぼくの前に、再びアイツの姿を見せてほしい、我の前に甦れ!」と。
それでもアイツは戻ってこない。それ故に花嫁に酷く当たってしまったこともあった。
奇跡なんてない、と思い諦めかけていたそのときだった。
雨の中、薔薇園に佇む黒い制服、動脈血のように流れる深紅の長い髪。
背丈はぼくと同じか少し高いくらい。
アイツはぼくの前に甦ったのだ。
――その花嫁とのエンゲージも束の間、ぼくは見ず知らずの転校生に敗れた。
ぼくは学園の一番高い決闘広場に昇り、この学園に最期の別れを告げに来た。
「ぼくとお前で、この果実を分け合おう、次に運命を共にするときは、ぼくにも業を分けてくれ」
そらに一番近い場所からぼくは苹果を齧りながら、黒い服を着たアイツのことを思い出す。あれはぼくが望んだ幻だったのだろうか。
「愛していたよ、冬芽」
そう言うとぼくは予め手にしていた真っ赤な薔薇の花束と、半分ほど齧った苹果をそらに向かって投げた。
世界は、果てしなく広い。
2018/07/29
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