永遠なる聖夜
「クリスマス……パーティだと……?」
「ああ。暁生さんと一緒に主催する事になったのだが、君も来ないか、西園寺?」
「クリスマスなんて、所詮クリスチャンの祭りだろう。なのに日本人が浮かれてどうする」
西園寺は冬芽からの手紙を受け取るなり、きつい表情を見せた。
「おいおい、君だって昔はサンタの存在を信じていたじゃないか」
「そんなことは過去の話だ。兎に角、僕は来ないからな!」
西園寺は足早に教室を出て行った。
今日は終業式でもあったため、半日で学校は終わった。だが理事長暁生と生徒会長冬芽の計らいで放課後にクリスマスパーティーを催す事にしたのだ。当然副会長でもある西園寺にも、と思い冬芽は招待状を渡したのだが、結果はご覧の有様だ。
西園寺としては、そんなことに現を抜かしている暇があるならば剣の修練に時間を割きたいと思っていた。そして今日は早く学校も終わったので、何時もより多く練習できる、そんな思いで一杯だった。
だがそんな西園寺も、やはり子供の頃はクリスマスを待ち焦がれ、サンタクロースの存在を信じていた。だがあの棺の少女の事件以来、現実と共にそれが空想であるということも知ってしまったのだ。
「クリスマス……か……」
――いつか幼い頃、冬芽と七実と僕の3人でホワイトクリスマスを過ごした事があったかな……。そんな遠い日のことより今のことだ!
西園寺は過去への想いを振り切って道着に着替えると、鳳学園の校外へ走りに行った。
***
日も落ち、辺りがすっかり暗くなった頃、パーティは始まった。
生徒会長専用寮・通称ホワイトハウスのパーティホールはすでに賑わっていた。
「生徒会長のやることって何でもスケールがでっかいよね~」
いつもの学ラン姿でウテナはケーキを貪りながら冬芽に言う。
「当たり前でしょ!ノー天気にケーキにありついてるアンタなんかとは格が違うのよ!ねぇーおにいさまぁ」
冬芽が言う前に七実が割り込んできた。
「ほら、七実。よさないか。天上君が困ってるじゃないか」
冬芽は妹をなだめる。
「ごめんなさいお兄様、七実悪く言ったつもりじゃなかったのに~」
呆れながら兄妹のやり取りを見ていると、ウテナの背中に一気に重圧がかかった。
「ウッテナ~!!いいのかなこんなパーティにあたしが参加しちゃってもさ?」
その正体は言うまでもなく若葉だった。
「なんだ若葉か。君のところにも招待状が来たんだからここに居るんだろ?」
「まあ、確かにそうよね~!あっそうそう、西園寺様はいないの?」
パーティだというのに若葉はいつもと同じテンションである。
「西園寺?そういや見てないな。なあ生徒会長、西園寺は……」
「ウテナさん、そのケーキは、僕が作ったんですよ」
冬芽に声を掛けた筈なのに、答えたのは暁生だった。
「きゃ~~暁生さんって、何時見てもカッコイイ~!!」
先刻まで西園寺西園寺言っていたのに、何とも切り替えの早い若葉。
「やっぱり!暁生さんケーキ作るのお上手ですからね」
「どーもどーも」
その隣にはアンシーもいた。仮面のような、柔らかい笑顔を貼り付けて。
「あれ……生徒会長、何処行ったんだろう?」
別に好きでもない男のことなので余り気には止めていなかったが、ウテナはしばらくしてから冬芽がこの場にいない事に気付いた。
***
「やあ親友、メリークリスマス」
「お前か。僕は来ないと言った筈だ」
校外走、腕立て、腹筋、背筋と一通りの練習メニューをこなした西園寺は、道場で一人素振りに明け暮れていた。
そして突然の来客に、少しばかり戸惑いを隠せなかったようでもある。
薄暗い道場に見慣れすぎた赤髪が微かに光っていた。
「一人でそんなことして、なんだか見ているこっちが寂しくなってくるぜ」
「日々の修練だけは僕のことを裏切らないからな。」
真っ暗な道場で、月の光だけを頼りに竹刀を振る姿は、何処か寂しげに見えた。
「お前に、見せたいものがある」
「だからパーティには行か……」
「パーティじゃないさ。俺もちょっと抜け出してきたんでね」
「…………」
「まあ、少しばかり、付き合ってくれないか?」
「……少し、なら」
そう言って西園寺は、まとめていた髪のゴムを外した。ばさりと一瞬にして、且つ大胆に西園寺の髪が降りた。
「冬芽……いくら何でもここは……」
「何かあったら、俺が責任を取るさ。会長職剥奪でも、退学でもな」
見慣れた森なのに、西園寺が必要以上に恐れているのは回りが暗いからだけではない。
冬芽が自分の全てを賭けてまで己に見せたいものが何か、西園寺には解せなかった。
ゴンドラに運ばれる間、二人の間に何も言葉は無かった。
結構長い間ゴンドラに揺られ、二人は広場に降り立った。
「お前にこれを見せるのは、初めてだ」
「……すごく……綺麗だ……」
西園寺は初めて見る夜の決闘広場で恍惚の溜息を吐く。
そこには、昼間よりも一層輝きを放つ城が宙に浮かんでいた。無意識に西園寺はそれを掴もうと左手を高く突き出した。ずっと求めていた永遠が今、この手に入りそうな気がしたから。
「まるで昔のお前を見ているようだ」
そう言った親友の横顔も、学園で見せるような策士のような鉄仮面ではなく、かつて見た、幼い日のときの面影が残っているようだった。
「冬芽……お前もな……」
そんな幼き日の影を感じ取ったのか、西園寺は素直に冬芽に告げた。
「そうか?」
「あ、……ああ」
そう言ったきり、西園寺は俯いてしまった。
抑えていた何かが、溢れてくるような気持ちに襲われた。
このまま、時が止まればいいのに。そうすればあの時のように戻れるかもしれない。僕はまだ過去を引き摺っている。腰まで伸ばした髪だって、結局冬芽のようになりたくてしていた。だけど僕は冬芽にはなれなかった……。それでやけになって、授業にも生徒会にも出ない自堕落な生活に陥り、挙句の果てには退学にもなった……。最低だ、僕は。
「西園寺、どうした?」
冬芽の一言で、西園寺は気を持ち直した。
「いいや。何でもないさ。」
自分自身の弱さに打ちひしがれていたことを、プライドの高い西園寺は冬芽に悟られたくなかったのだ。そして西園寺が再び顔を上げ、見上げた先には……
「冬芽……決闘広場にも、雪降るんだな」
冬芽も言われるがままに城を見上げる。天空の城から舞い落ちてきたのは、冷たい雪の結晶だった。決闘広場は異空間であるために、天候に左右されない筈であるが、もしかしたら、それは二人の思い出を蘇らせるために降って来たのかもしれない。
「子供の頃のホワイトクリスマス、覚えているか?」
冬芽はにやついて西園寺のほうを見る。
「ああ。お前の家で出されたケーキは圧巻だった。あの時の生クリームの苦しさ、今でも覚えている」
「お前がでかいケーキに興奮して、がつがつ食っていた姿、今でも目に浮かぶぜ」
親友の幼い日の情景を思い出し、冬芽はフフ、と笑った。
「あ……あれは、僕ん家じゃそんな洋菓子見たことなかったから、珍しくて、つい……」
西園寺はムキになって返す。その顔は子供そのものだった。
だけどもその顔は、曇りのない晴れやかな顔であった。
「永遠が……僕の許に……」
西園寺の声は冬芽には届いていないようだった。
決闘広場に、ひらひらと雪の華は舞い続ける。
ふたりの少年は、天空の城が輝く下で幼い日の友情を取り戻した。
それが一瞬のものであるか、永遠のものなのかは誰も知らない。
【了】
2008/12 UP