栓抜き
慎吾はロー・テーブルに置かれたビールと長方形の栓抜きに目をやる。栓抜きというには薄っぺらい。でも質量だけはどっしりとしている。まるで台所から出来合わせのつまみを持ってくる男のような重量感。”4V DOHC RS”という薄っぺらいけれども、存在感のある刻印。
「シルビアねえ……」
堂々と刻印されたロゴと同じクルマに乗っていた、ヤマでも家でも存在感のある男が刺身の盛り合わせとともにこちらに来る。
「ああそれ、板金屋のおじさんがくれた。S110の頃のレアモンだぜ?」
「へえ、そうかい」
「裏見てみろよ、FJ20Eエンジンって相当昔のやつなんだぞ」
知らねえよ、と思いながら根っからのホンダ信者が栓抜きをひっくり返すが、根っからのホンダ信者が日産のエンジンのことなんか知ったこっちゃないので知るか、と声に出した。対面に胡坐をかいた毅のほうから馬鹿にするな、という空気が漂った気もするが、気にしないことにした。
気にしないついでに慎吾はそのままその栓抜きでビールの栓を開けて、グラスに注いで一気に呷る。家主よりも先に飲むんじゃねえ、と壜を奪われ、毅も自分のグラスにビールを注ぐ。セール品だった刺身を美味そうにつまみながらビールを呷る。くっくっと鳴る喉仏をじっと見ながら、前に見せてくれたS13での毅の走りを思い出していた。闇に溶けたまま流れるようなドリフトからスキール音まで、今でも思い出せる。だが、あのときの走りは「慎吾が知ってる今の毅の走り」のひとつであって、慎吾がナイトキッズに入る前の毅の走りではない。過去に囚われる性分ではないが、俺の知らない毅がまだいるということに、心の中で引っかかっているのだ。
S13からR32に乗り換えるまでに葛藤があったことは知ってる。だけどかつてS13で妙義を攻めた、バトッた、過去の毅のすげえ話が聞きたかった。
「まあまあ毅クン、お疲れでしょうしもう一杯ど~ぞ」
「ど~も。ったくなんかわざとらしいなあ……」
慎吾は家主に気遣う素振りが一切感じられない声で、毅の空のグラスにビールを注ぎ込んだ。
その後、心なくおだてまくった末に毅は調子を良くし、慎吾の望んだS13での武勇伝はご所望通りに聞けたのだが、酔っ払いから何度も同じ栄華を聞かされる羽目になり、いっそ栓抜きの角で頭ぶち割ってやろうか、とも思ったが、しょうもなくへらへら笑いながら擬音交じりで妙義の武勇伝を話す毅の顔を見ているうちに、なんかどうでもよくなってきて、諦めた。
【了】
2018/11 UP