シークレット・ベース
妙義の上りの駐車場から、中之嶽神社へと続く地下道がある。昼間は人通りが絶えない。夜になると走り屋と属される人間たちが集まってくる。しかし目的は基本峠道の暴走なので、走り屋はそんな地下道に普段は目もくれないが、一人その男だけは違っていた。
「おい、ちょっといいか」
夜の黒に溶けるような黒い髪、紺のポロシャツ、更に濃紺のジーパンと、まるで夜間迷彩とでも形容できそうな服を纏った男の目が、僅かな外灯のともし火を受けて光る。
「あ?」
他の連中と座り込んで駄弁っていた男は、煙草を咥えたまま、仁王立ちしている目前の男を見る。その目もまた、外灯のともし火をうけて光るが、その光には、目前の男にはない鋭さがあった。
「来い」
鋭さを秘めた男は舌打ちで返事をして立ち上がると「ご愁傷さま」「また毅サンと説教部屋かよ」などと他の連中の慰めに見送られながら闇と同化した男の後を気怠そうに付いて行った。
***
闇と同化した――中里毅と、鋭い光を宿した――庄司慎吾は、駐車場側の階段を下り地下道を抜け、神社側の階段に腰を下ろす。夜中にここまで来る連中はそうそういない。二人の間を抜ける空気が少しずつ張り詰め始める。
「お前なあ……、もうちょっとどうにかならンのか」
先に口を開いたのは中里だった。
「何が」
慎吾はいかにも嫌そうな顔で傍らの男を見る。
「オメエのその態度とか、FR狩りとか、そういうチームの民度を下げるようなことだよ」
「チームの民度なンてあってないようなモンだろ。テメェで作ったチームでもないくせによく言うぜ」
全く、テメェは俺様の親かよ。憤りが澱のようにねばっこく腹の底に溜まっていく。狭い階段で男二人。ねばつく憤りはひたすらに思考を鈍らせる。その根源である中里の小言はひたすらに続く。それは慎吾に対しての当て付けだったかもしれないし、まっとうな忠告だったのかもしれないが、慎吾は中里が放つ言葉のカテゴライズをすることを既に放棄していた。
「聞いてンのか!? 慎吾!?」
慎吾は激昂する中里の頬を両手で包み、こちらを向かせてキスをする。無理矢理口を開かせ、腔内まで舌を埋めると、頬に当てた手を中里のポロシャツの中へと這わせる。
「ん……くっ……うっ……ンッ……っ!!!!」
中里の腔内を堪能した慎吾の憤りの波は収まったものの、完全に消え失せたわけではなかった。しかし一本流せば気も晴れるだろうと思い立ち上がった。
「さっきまでの勢いはどこ行ったンだよ、リーダー様よォ」
二の句さえ紡げず、呆けた顔をした中里は、地下道へと向かう慎吾を茫然と見やるだけだった。
「……なんでンなことされても突っ返せねえンだろうな……」
先ほどまでのンなことの感触を思い返し、中里は一人階段で項垂れることしか出来ずにいた。
【了】
2019/02/25 UP