最終防衛線

ちょっとした日常の切り抜き
Open Menu

暗闇(あんいん)光に吸い込まれる

 十一月の峠は突き刺す寒さを肌に晒す。中里毅は地下道を抜けた神社側の階段に腰掛け、煙草を吸っていた。そして妙義最速として未だ君臨していた。
 島村との勝利は既に去り、その勝利に嬉しさを感じてはいたが、身を刺す寒さは負けた時のことばかりを思い起こさせる。
 ――Rと、この闇の中にずっと埋もれてえな――
 社会ではそれなりに馴染んではいる。だが負けたショックを引きずったまま出社してしまい、過去に何度か大事寸前のミスをしでかしてしまった。個と社会を切り離せないときがある。精神にムラがあるゆえに、中里はとてつもなく駄目になるときがある。平日、峠に来ようとRのイグニッションキィを回そうとしたときに不意に自分がRに見合わない男ではないのだろうかと、その瞳が涙で厚くなることがある。ギアチェンして気を紛らわし、妙義に行く間に乾けばよかったが、寒いし、何もかもがマイナスに触れてしまう時期だったのだ。妙義の山を見て安堵したからか、尚のこと眼球は濡れたままであった。
 独りにさせてくれ。誰の顔も見ずにこうして走るでもなく地下道の階段に腰かけて煙草を吸っているのだが、同期連中は毅が地下道へ赴くときは大抵何かあったときだとわかっているため、敢えて放っておくのであった。
 「バカヤローが、峠に来ねえで走りもしねェんかよ」
 甲高い可変バルブの音とともにやってきてはそう口走った厚着の男は、チームに入って初めて妙義で冬を迎えたため、そういう暗黙の了解を知らない男であった。やめとけという周囲の制止を振り切って地下道へと潜る。
カタカタと足音が響いてくるのに中里は一瞬びくりとした。その音は徐々に大きくなる。

 「――オメーは、すげえよ」
 厚着の男が中里の傍らに陣取る。顔は見ていない。
 「何もわかんねェガキが抜かせ、俺がいなければみんな――」
 「みんなって誰だよ」
 「…………」
 「妙義最速にもなれねぇくせに囃すだけの連中なんて見てンじゃねえよ」
 「……………………」
 そこで厚着は中里の煙草を奪って火種を葬った。
 「いいか毅、会社だろうがヤマだろうがどうでもいいヤツの言葉に耳傾けるだけ馬鹿ってもんなんだよ。テメーは俺だけを見てろ、な」
 「慎吾……」
 慎吾は中里の頬に触れる。普段暖かいとよく言われる中里であるが、底まで冷えるような冷たさをしていた。中里は絶対に他のメンバーにこんなツラは見せられねえと思いながらも、その感情をあらわにしていた。不甲斐ないと思いつつもその身を慎吾に委ねると、眼球から熱いものが溢れ、冷たくなり慎吾のパーカーを濡らした。

【了】

2019/11 UP
BACK← →NEXT
▲top