最終防衛線

ちょっとした日常の切り抜き
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高崎キッド(捏造身内視点)

 高崎にある公立大学周りで黒の13を乗り回していると「お前妙義の中里毅じゃないのか」と声をかけられては、少し残念そうな顔で去っていくのを何度も経験した。
 中里毅、同じ妙義町の生まれである以上に同じ血を分けた兄の名である。そう説明するとツービートかよと人は言う。いつしか飲み会の鉄板ネタになっていた。兄は車を買って自立したいと高卒で工場へ就職してGT-Rを手にした。かくいう自分はバブルの弾け出した世相を鑑み進学した。およそ二年前「入学祝いだ」とお下がりのシルビアを貰ったのはいいが、走りのことは全く解らない。うるさくてすぐにガソリンの減る車だが、前オーナーが中学の頃から必死で神社を往復したり、野球をし、機械分野を学ぶため遠くの高校まで朝早くチャリで毎日出ていくところや、シルビアを納車されたところも俺は毎日見てきた。ある日、GT-Rで実家に乗り付けた兄と丁度行き会った。実家のガレージで車を弄る兄の顔はすごく真剣だったが、すぐ俺に気付いた。
「13、どうだ?」
 彼は問うた。「調子いいぜ」俺は答える。兄は「K's(ターボ)だから3000キロでオイル交換しろよ、粘度は高い方がいい」と言う。「わかってるさ」彼の顔が少しだけ笑顔に変わる。「お前なら13を託しても大事にしてくれるだろうって思ってたから、これからも頼んだぜ」兄は俺よりも夢見がちで愚鈍なところがあるが、ときに見せる鋭さにやはり敵わないと思ってしまう。兄の見る世界に興味はないのだが、やはり血を分けた弟ゆえ、少しだけ見てみたくなった。ヤマでこのクルマは目立ちすぎる。兄の威厳が残ったままだからだ。今夜少し17号でも走ってみるか。大人しめに。
 俺の名は中里潔、妙義の中里の弟だ。

2021/8/26 UP
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